私が綴った、倉八(2025)『対話による日本語教育 国家資格「登録日本語教員」をめざして』明石書店、は、私の日本語教育の信念を綴ったものです。

日本語教師になって40年、日本語教育とは、「教科書に書かれたことを教える(教え込む)ことではない」「どの学習者にも一様に同じ文型を教えることではない」「行動主義心理学の、刺激に対する反応を形成する考え方に基づいて、どの学習者にも同じ絵を見せて、パターンプラクティスをすることではない」と考えてきました。

2023年に、今井むつみさんと秋田喜美さんの本(2023)『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』中公新書、で、<記号接地>ということばに出逢いました。「ことばが使えるようになるためには、身体に根差した(接地した)経験をもたなければならない」。ああそうなんだ!

このことは、私が考え続けてきた<対話の経験>こそが、人を、自らの身体に接地した言語の使い手へと導くことを裏付ける理論となりました。

倉八(2025)『対話による日本語教育 国家資格「登録日本語教員」をめざして』明石書店、は、そんな想いを言葉に綴ったものです。

人生100年時代になって、立派な社会生活を全うされた方々が、日本語教師をめざされるようになりました。

日本語教師という仕事は、母語としての日本語を外国につながるかたがたに“教える”仕事と捉えられています。ですから、特に海外での仕事経験があるかたには、身近でできそうな仕事として、日本語教師に興味をもたれる方が多いです。日本語教師は年齢に関係なく、求める方々に門戸がひらかれている仕事です。このこと自体は、すばらしいことだと考えています。

大切なのは、日本語を“教える”とはどういうことなのか、です。日本語教師には、“教える”を、どう捉え、どんな方法で実践していくか、が、問われます。

縁あって、東京富士語学院で“教える”ことになった方から、本著についてamazonに書評をいただきました。本著を読んでそんな気持ちになっていただけたと知って、こころからの喜びを感じています。

これからも、よい読者を得て、本書が”教える”を、啓いていき、日本語教師のみなさんの気持ちを楽にできますように。そして留学生の学びに寄り添うことができますように。

 

以下、書評です。

読んでいてふと気持ちが楽になる教育論

★★★★★星5つ

72歳になって初めて日本語学校の教壇に立つことになった。経験のない私にとってどのように授業を組み立て、生徒たちの日本語能力を向上させていくべきか不安でいっぱいだ。そんな時、この学校の副校長・教務主任の著者からこの本を贈呈戴いた。
著者の日本語教育方針は一言で言うと、「対話力」の向上である。文型や構文などの記憶作業という従来の日本語教育とは些か趣が異なる。そして、その対話のベースになるのが、生徒と教師が共に学ぶという姿勢だ。この思いのほか読みやすく、それでいて系統的な教育論(というような硬い表現は相応しくないかもしれない)をじっくりと読むことで私は年末の数日を過ごした。
著者の教育実践の過程の中で、中国人生徒たちに谷川俊太郎の詩を聞かせて、生徒たちに自分なりに「生きる」というテーマで詩を書かせる場面が描かれるが、彼らの詩のすばらしさに圧倒される。また、犯罪を起こし刑務所に投獄された生徒との往復書簡。精神病を発症した生徒への寄り添い。胸を打たれる。
新年からの授業への不安と緊張が消えない私ではあるが、何となく気持ちが楽になったような気がするのは気のせいだろうか。

 

引用・参考文献

今井むつみ(2016)『学びとは何かー<探究人>になるために』岩波新書

今井むつみ・秋田喜美(2023)『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』中公新書

倉八順子(2025)『対話による日本語教育 国家資格「登録日本語教員」をめざして』明石書店