20世紀のロシアの哲学者バフチンは、文化的衝突から来る摩擦や葛藤を創造性に変えるものとして対話(ダイアローグ)を挙げたうえで、摩擦や葛藤を正面から見据え、積極的に相互作用に向かおうとする勇気を与えるものが、自己と他者の変革を引き起こす内的なかかわりによる「対話的能動性」であるとしました。

「それは、質問し、挑発し、応答し、同意し、反駁する能動性であって、すなわち対話的な能動性である。(中略)これは、言うならば、神が人間に対して持つ能動性である。(中略)人間自身に徹底的に自己を開示させ、自己自身を裁かせ、自己自身を論駁させる」(バフチン『ことば 対話 テキスト』p.247)

前回第59回で綴った1-7クラスは2023年4月から2-5クラスになりウズベキスタン人が加わり、4月24日からウズベキスタン人5人を含む新しいメンバーが加わりました。あるクラスが立ちいかなくなり、そのクラスで学んでいた学生たちをほかのクラスに移したためでした。ほかのクラスに移ることになった学生たち。新たなクラスで新たな関係を築いていくのは、学生たちにとっても、たいへんなことでした。

私はよい関係を築いてくれることを願ってウズベキスタン人を教室の前の席にしました。前の席にすれば、漢字などで特別な指導ができると考えたからです。

3日後、ある熱心な中国人学生がSNSで、中国人の事務の教師に、中国語で『先生は、まじめに学んでいる学生をうしろの席にして、勉強しないウズベキスタン人を前の席にした。せっかくよいクラスがウズベキスタン人がはいることによって台無しになってしまった』という考えを伝えてきました。

まさに、文化的衝突から来る摩擦や葛藤でした。中国人学生のなかに、「質問し、挑発する」能動性、対話的能動性が生まれたのでした。

私は、クラスの学生たちと話し合いを始めました。

応答し、同意し、反駁する能動性こそが、自己と他者の変革を引き起こすという信念があったからです。

「ちがいます。ウズベキスタン人も学ぼうとしています。いいチャンスです。いっしょに勉強しましょう・・・。ウズベキスタン人は聴く力があります。中国人には漢字力、書く力があります。それぞれの良さをレスペクトしましょう。同質性の考えはせまいです。多様性はゆたかであたたかいです」

わたしは、中国人がウズベキスタン人に漢字を教える活動、積極的に中国人とウズベキスタン人が交わる活動をはじめました。

それから2週間がたちました。クラスはあたたかい雰囲気になりました。

7月にはJLPT(日本語能力試験)N2に挑戦する中国人学生がいます。

かれは聴解力が弱い悩みをLINEで伝えてきました。

『作文を発表するときは、ただ読み上げるだけでなく、知らない単語を板書したり、ストーリーの関係性を絵にかいたりすると、誰でも理解できると思います。想像力が必要なのはわかっていますが、聞いた表現がすべて知らない単語だった場合、想像力は役に立ちません。N2、N3もがんばっていますが、N2、N3の聴解もそれより難しいです。授業で日本語を聞いたり話したりすることは日本語でコミュニケーションするうえで重要な部分だと思います。(後略)』

わたしは応答しました。

『わたしはみなさんの発表の要旨を黒板に書いてきましたよ。きょうも、狐や栗や茸を書きました。みなさんが対話できるようになってほしいと願ってやっています。聞く・話すというのは時間がかかりますが、希望をもってすすむだけです。そのために練習しましょう。(後略)』

かれは新たな行動を感謝とともに伝えてきました。

『いまの一番の問題は聴解だと思います。自分でもネットのアプリをつかって練習しています。単語もちゃんと覚えています。学校の発表が理解できるように以上の方法でやってみます。先生、ありがとうございます』

文化的衝突から来る摩擦や葛藤は対話的能動性によって創造性をうむことを実感した1か月です。

なによりも、他者へのレスペクトが生まれ、自分の伝えたいことが、ほんものの「ことば」で発せられてきていることが、対話力がそだってほしいと願って教育実践をおこなっているわたしにとって、ほんとうにうれしいことです。

 

参考文献

バフチン(1988)『ことば 対話 テキスト』ミハイル・バフチン著作集8、新谷敬三郎・伊東一郎・佐々木寛訳 新時代社

倉八順子(2001)『多文化共生にひらく対話 その心理学的プロセス』明石書店