ドナルド・A・ショーンは『省察的実践とは何か』で、既存の科学的知識・技術を実践に適用する「技術的合理性」モデルにもとづく従来の専門職像に対し、自分の行為を省察し、実践をとおして知識を生成する「省察的実践者」という新しい専門職像を提示しました。日本では、佐藤学・秋田喜代美訳(『専門家の知恵―反省的実践家は行為しながら考える』2001)が出版され、「省察的実践者」の概念が主に授業場面における教師の技術に関する研究や教師教育の分野で援用されてきました。私も、この本に出会い、多く学び、考え、教師として、「省察的実践者」をこころがけてやってきました。そして、それが教師としての成長を育むことを実感してきました。
『省察的実践とは何か』の第2部では、建築家、精神分析家、都市プランナーなどの専門職者の実践の事例研究をとおして、専門職者たちによる「行為の中の省察」について考察しています。私は、CEFR(2020)や「日本語教育の参照枠(報告)(令和3年10月12日文化審議会国語分科会)(以下「日本語教育の参照枠」)に基づいた教育実践をすることを通して、日本語学習者を「日本語学習という行為の中で省察させる教育的実践を行うことの大切さ」<学習という行為の仲での省察>に気付いてきました。
中級・中上級・上級では各期(1年4期:春学期、夏学期、秋学期、冬学期)に2回の試験を行っていますが、その試験で、学生たちは、必ず、省察する作文を書いています。そのことによって、自分の言語学習を省察することができるようになってきました。夏学期の2-2クラス(上級クラス)では、最後に次のような問いかけを行いました。
4.2-2のプレゼンテーションの授業では、自分の関心のあることをパワーポイントを用いて発表し、それに対して、一人ひとりが感想を述べ、質問をしています。このことによって、
1)内省的発表を行う 2)知識を身に付ける、 3)他者と対話する、 ことを目指しています。 ①あなたは、日本語での対話力がついてきていると感じていますか。 ②あなたの今後の具体的な目標は何ですか。 ③これからどのような授業を望みますか。 自由に書いてください。 |
20人すべての学生の省察を載せたいのですが、紙面の都合もあり、6名の学生の省察を掲載いたします。省察による成長を感じ取っていただければと思います。
💗Y.Kさん
2-2のプレゼンテーションの授業では、自分の関心のあるテーマについてプレゼンテーションを行い、他者からのフィードバックを受けることで、さまざまなスキルを養うことができる。私も、この授業を通じて日本語での対話力が確実に向上していると感じている。特に、質問や感想に対して、迅速かつ的確に対応する能力がついたと思います。以前は日本語での即時反応に自信がなかったのですが、最近では他者と対話がよりスムーズになり、自分の意見をしっかり伝える力がついてきた。
今後の具体的な目標としては、さらに深い専門的な知識を日本語で効果的に発信できるようになることである。プレゼンテーションやディスカッションの際に、ただ情報を提供するだけでなく、説得力のある説明ができるようになりたいと考えている。また、異なる視点からの質問やフィードバックを受け入れ、自分の意見を柔軟に修正・改善する力も磨きたい。
これからの授業では、実践的なシテュエ―ションを模した練習や、異なる視点からディスカッションが増えることを望んでいる。例えば、ケーススタディやロールプレイなどを取り入れ、より具体的な状況での対話力を鍛える機会があれば、実際の場面で役立つスキルを身に付けることができると考えている。また、異文化交流や多様な意見を尊重する授業があると、さらに広い視野を持つことが出来ると思う。
💗H.Aさん
2-2のプレゼンテーションのお授業では、私は自分の興味あるテーマについて発表し、クラスメートからの感想や質問を通じて意見交換を行う機会を得ています。このプロセスを通じて、日本語での対話力が少しずつ向上していると感じています。特に発表を準備する過程で、新しい単語や表現を学び、それを使って他者と効果的に交流することができるようになってきたのが実感です。
今後の具体的な目標は、大学院に進学し、自分の理想の学校に合格することです。そのために、引き続き日本語力を磨きつつ、自分の専門分野の知識を深める努力をしていきたいと考えています。特に、論文作成や専門的な議論ができるレベルまで、日本語での表現力を高めることが重要です。
また、今後の授業に対する希望としては、よりリラックスした雰囲気の中で学べる場を提供してほしいと思っています。緊張せずに発表や議論ができる環境が整えば、より積極的にクラスメートと意見交換ができ、日本語での対話力が一層向上するのではないかと考えています。
💗G.Bさん
2-2のプレゼンテーションの授業では、さまざまな分野にかんする専門的なことを勉強した。そして、ためになったのである。しかし、対話力の向上がまだ十分に感じられなかった。その原因について内省的に考えた。いくつかの原因があると思う。第一に位置付けられたのは、「話す」ことをこわがっている性格が原因だと考えている。内向的な性格、「一人でいたい」個人的なライフスタイルの影響で、日本語の会話だけでなく、中国語の会話もしたくないことである。これは内面的で最大の問題だと考えている。そして、問題解決には、自分自身の心の調整に頼るしかなく、他人の助けも効果が限られていると感じる。
💗S.Mさん
自分の関心があることをパワーポイントを利用して発表する授業は、創造力が強く、学生の日本語力を効果的に鍛錬させるすばらしい授業を思います。自ら興味がある分野から話題を選んで、クラスメイトへ説明して、長い文章を作る力と長い演説をする能力を上げることにとても役に立っている。
その説明が良ければ、他の学生が理解でき、互いに自らの分野の知識を交換する間に、日本語能力も上がる。それは効率が高い学習方法だと思う。私も、日本語や英語で他の学科を学習する習慣があり、言葉とその学科を一緒に精進できる。中国語でいう「一石二鳥」という効果がある。
私は教育の専門家ではなく、効果がもと高い提案を出せない。でも、「この授業はいい」とフィードバックできる。
💗O.Rさん
2-2クラスに入って以来、何回もプレゼンテーションを行いました。みんな専門的でおもしろいプレゼンテーションに感心しています。そして、対話力もどんどんついていると感じています。
私の今後の目標は専門学校に入って、一生懸命勉強することです。卒業したら、できるだけ、日本人が作った会社で働きたいです。ずっと日本で生活していきます。
どのような授業というと、特別な考えがないけれど、もし、毎日の授業で最新のニュースやトレンドトピックを取り入れて、それをみんなの生活と結びつけると、もっとおもしろくなると思います。
💗C.Kさん
日本に来てから一年が経ちました。最初は日本語の会話力に自信がありませんでしたが、この一年で大きな進歩を遂げることができました。基本的な日常会話は問題なくこなせるようになり、仕事でも簡単なコミュニケーションができるようになりました。
今後の目標は、さらに日本語力を向上させることです。日本の文化や社会についても学ぶことで、言語だけでなく、背景知識も深めたいと考えています。
🌹 私は、学生の<言語の学びへの省察>に対して、私の省察<省察への省察>を手紙のような形で伝えました。
学習者も教育者もそれぞれが、<省察的実践者>として、<対話>を実践することで、それぞれが成長していけるのではないかと、私は考えています。
参考文献
ドナルド・A・ショーン(2000)『省察的実践とは何か』柳沢昌一・三輪健二訳 鳳書房
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